覚王山とは。

名古屋市の中において独特の雰囲気を持つ覚王山の魅力をご紹介します。

覚王山について詳しく知る

覚王山を知る。

緑の大仏が座るお寺 ― 桃巌寺と名古屋大仏

緑の大仏が座るお寺 ― 桃巌寺と名古屋大仏

覚王山から地下鉄でひと駅東の本山。駅から南へ少し歩くと、住宅地の中に突然、緑色の大きな仏さまが現れます。「名古屋大仏」の名で知られる桃巌寺(とうがんじ)です。見た目のインパクトばかりが話題になりがちですが、じつは戦国時代の織田家にさかのぼる、由緒のあるお寺でもあります。

信長の父をとむらうために建てられた寺

桃巌寺は曹洞宗のお寺で、山号は泉龍山。はじまりは天文年間(1532〜1555年)で、末森城の城主だった織田信行が、亡くなった父・織田信秀の菩提を弔うために建てたと伝わります。信秀は信長の父にあたる人物。寺の名前も、信秀の法名「桃巌道見」からとられています。

末森城があったのは、いまの城山八幡宮のあたり。覚王山や本山の一帯は、戦国の頃には織田家の東の拠点に近い土地だったわけです。お寺は創建後に場所を移しており、現在の四谷通に落ち着いたのは江戸時代の中ごろ。愛知県の観光サイトでは、正徳2年(1712年)、正徳4年(1714年)に現在地へ移ったと伝えられている、と紹介されています。境内には信秀を供養する五輪塔が立ち、織田家とのつながりをいまに伝えています。

建立した信行は、父の跡を継いで末森城に入りましたが、やがて兄の信長と対立し、滅ぼされてしまいます。父をとむらうために建てた寺が、兄弟の争いの結末とともに残ったと考えると、境内の五輪塔もまた違った表情に見えてきます。戦国の尾張をめぐる物語の、ひとつの舞台といえるでしょう。

緑色の「名古屋大仏」

境内でいちばん目を引くのが、昭和62年(1987年)に建てられた名古屋大仏です。仏さま本体の高さが約10メートル、台座を含めると約15メートルある青銅製の坐像で、全身があざやかな緑色に塗られています。目や唇、耳などには金箔がほどこされていて、晴れた日には緑と金の対比がよく映えます。

台座にも注目してみてください。一般的な蓮の台座ではなく、象の像が仏さまを支えるような造りになっています。奈良や鎌倉の大仏を思い浮かべて訪れると、その雰囲気の違いにきっと驚くはずです。写真を撮る人が多いのもうなずけます。大仏は屋外に座っているので、空の色や季節によっても見え方が変わります。

大仏だけではない境内の見どころ

桃巌寺は弁天さまのお寺としても親しまれています。なかでも知られているのが「ねむり弁天」。ふだんはガラス戸越しに拝むかたちですが、年に2回の御開帳の時期には、拝観料を納めて間近でお参りできます。

  • 信秀供養の五輪塔:織田家ゆかりの寺であることを物語る史跡
  • 大きな木魚:日本最大級ともいわれる木魚が置かれています
  • ねむり弁天:年2回の御開帳(時期はお寺に確認を)

境内には男女の縁や和合にまつわる寺宝も多く、ほかのお寺とはひと味違う、少し不思議な空気が漂っています。気になるものを見つけたら、立ち止まってじっくり眺めてみるのがおすすめです。

覚王山からの歩き方

最寄りは地下鉄東山線・名城線の本山駅で、6番出口から南へ歩いて数分です。覚王山からは地下鉄でひと駅。天気のよい日なら、日泰寺のあたりから東へ、坂の多い住宅街をのんびり歩いて向かうのも楽しい道のりです。末森城跡の城山八幡宮とあわせてめぐると、この一帯が戦国時代の織田家の舞台だったことが実感できます。

拝観は無料です(ねむり弁天の拝観は有料)。駐車場はないので、公共交通機関で出かけましょう。お寺は信仰の場でもありますので、法要などの際には静かに見学したいものです。

基本情報

名称泉龍山 桃巌寺(名古屋大仏)
住所〒464-0819 名古屋市千種区四谷通2-16
アクセス地下鉄東山線・名城線「本山」駅6番出口から南へ徒歩約3分
拝観時間9:00〜17:00(愛知県の観光サイトでは夏季は18:00まで。最新の時間はお寺に電話で確認してください)
休み無休
料金無料(ねむり弁天の拝観は1,000円)
駐車場なし
電話052-781-1427
公式サイト—(お問い合わせは電話で)

参考