覚王山とは。

名古屋市の中において独特の雰囲気を持つ覚王山の魅力をご紹介します。

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覚王山を知る。

町名の由来を歩く ― 法王町・山門町・月見坂町、覚王山まわりの地名

町名の由来を歩く ― 法王町・山門町・月見坂町、覚王山まわりの地名

覚王山を歩いていると、電柱の住所表示や郵便受けで、法王町、山門町、月見坂町といった町名を目にします。どれもこの土地の歴史と結びついた名前です。千種区役所は、『千種区史』をもとにした「千種区の町名の由来」を公式サイトで公開しています。この記事では、その説明を手がかりに、覚王山まわりの町名をたどってみます。

「覚王山」は町名ではない?

意外に思われるかもしれませんが、名古屋市の「千種区の町名一覧」を見ても、「覚王山」という町名はありません。駅の名前や地域の呼び名として親しまれている「覚王山」は、日泰寺の山号から来たものです。町名として残っているのは「覚王山通(かくおうざんとおり)」で、区の説明によると、明治37年に覚王山日暹寺(いまの日泰寺)の山号にちなんで名づけられました。お寺がこの丘にできたことが、そのまま町の名前になったわけです。お寺の成り立ちは日泰寺の記事で紹介しています。

お寺にちなむ町 ― 法王町・山門町

日泰寺と揚輝荘の住所は、どちらも法王町(ほうおうちょう)です。区の説明では、仏を敬う呼び方にちなんだ地名とされています。

駅から日泰寺へ向かう参道の両側は山門町(さんもんちょう)。日泰寺の山門の南、参道の両側にあたる地名で、その名のとおり山門にちなんでいます。覚王山商店街の店の多くがこの山門町にあり、住所を見るだけで「参道のお店だな」とわかるのが楽しいところです。

月見の丘の名残 ― 月見坂町・観月町・見附町

日泰寺ができるずっと前、このあたりは月の名所でした。区の説明によると、月見坂は江戸時代に藩士や風流人、文人が遊びに訪れた場所で、月見坂町(つきみざかちょう)と月が丘はこの名所にちなんで名づけられました。駅の3番出口側に広がる観月町(かんげつちょう)も、月見の名所だったことに由来します。

少しおもしろいのが見附町(みつけちょう)です。藩政時代、中秋の名月に宴が開かれた月見坂の正面にあたっていたことによるといわれています。月にまつわる町名がいくつも集まっているのは、覚王山がそれだけ眺めのよい高台だった証拠でしょう。お屋敷町になるまでの歩みは「覚王山はなぜお屋敷町になったのか」もどうぞ。

地形から生まれた町 ― 田代町・丘上町・日和町

  • 田代町(たしろちょう)…全国に多い地名で、田をつくるために切りひらいた土地を表しています。区によると、このあたりでは江戸時代にため池がつくられて水田がひらけていきました
  • 丘上町(おかうえちょう)…丘の上にあるから。駅の4番出口のあたりで、覚王山が丘の町であることをそのまま伝える名前です
  • 日和町(ひよりちょう)…天候を見るための眺めのよい山「日和山」から来た名で、気象台が置かれたことからつけられた新しい地名だそうです
  • 鹿子殿(かのこでん)…田代町の字名から来た地名。以前は「カゴトノ」と呼ばれ、猫ヶ洞下池の近くにあった「かご池」からとったという説と、雑木がまばらな様子を表したという説があります

池と城の記憶 ― 池下町・末盛通・城山町・姫池通

西どなりの池下町(いけしたちょう)は、大正時代まで蝮ヶ池(まむしがいけ)の池の底だったことから来た地名です。いまの古川美術館のあたりが池だったと思うと、景色の見え方が変わってきます。蝮ヶ池という名前自体にも、まむしが多い池だった、末森城の真西にあった、など複数の説があるそうです。分館の爲三郎記念館がある堀割町(ほりわりちょう)には、末森村の赤土を城下へ運び出して堀のようになったという説と、用水路を掘ったからという説があります。

駅のまわりに広がる末盛通(すえもりとおり)は、江戸時代の末森村の名を受け継いでいます。芋菓子の吉芋や和菓子の不老園も、住所はこの末盛通です。「すえ」は陶器づくりにかかわった人びとの地名に多く、「陶器を生産する森」と解釈できるとのこと。城山町(しろやまちょう)は、織田信秀が築いた末森城から名づけられました(城山八幡宮と末森城址の記事もどうぞ)。姫池通(ひめいけどおり)の由来になった姫ヶ池には、末森城が攻められたとき、逃げ場を失った奥方や姫たちが身を投げたという悲しい言い伝えが残っています。

人と道にちなむ名前 ― 振甫町・四観音道

振甫町(しんぽちょう)は、江戸時代に明から渡ってきた張振甫(ちょうしんぽ)にちなむ地名で、当時は振甫新田と呼ばれていました。区の田代学区の紹介では、徳川義直の御用医師をつとめた張振甫が建てた鉈薬師(なたやくし)が、学区の史跡のひとつに挙げられています。

町名の由来のページには「四観音道(しかんのんみち)」の名も載っています。尾張四観音(笠寺・竜泉寺・荒子・甚目寺)を結ぶ巡礼の道で、千種区には笠寺と竜泉寺を結ぶ道が通っていました。雑貨と本の店の記事で紹介したお店にも、この古い道沿いに建つところがあります。田代学区では平成24年に、四観音道や高針道といった古道の案内表示も設置されました。

町名さがしのヒント

お店の住所や、電柱・街区の表示を気にしながら歩くと、町の境目が見えてきます。由来には「〜という説があります」とされているものも多く、ひとつに決まっていない名前もあります。気になった町名は、千種区の公式ページで全文を読んでみてください。

参考