古川美術館の分館・爲三郎記念館は、昭和9年建築の数寄屋造りの邸宅と日本庭園を公開する国登録有形文化財。部屋ごとの見どころ、如庵を手本にした茶室「知足庵」、庭を眺める数寄屋 de Café まで紹介します。
覚王山を知る。
月: 2026年9月
池下の美術館 ― 古川美術館の成り立ちと楽しみ方
池下駅から歩いて3分の古川美術館は、実業家・古川爲三郎のコレクションをもとに1991年に開館しました。近代日本画を中心とする約2,800点の収蔵品の傾向と、休館日・入館料など利用のポイントを紹介します。
晴明の一族がひらいた学問の社 ― 上野天満宮(名古屋天神)
千種区赤坂町の上野天満宮は、安倍晴明の一族が菅原道真を祀ったのが始まりと伝わる「名古屋天神」。由緒、2頭のなで牛、晴明祭などの祭典、茶屋ヶ坂駅からの行き方をまとめました。
「古井の水」がわく式内社 ― 高牟神社の言い伝えをたどる
今池・千種の街なかにある高牟神社は、『延喜式』にも名が載る古社。物部氏の武器庫が神社になったという社名の由来、弁慶の伝承、恋の水と呼ばれる古井の霊水まで、由緒をもとに整理しました。
緑の大仏が座るお寺 ― 桃巌寺と名古屋大仏
本山駅の南、住宅地に現れる緑色の名古屋大仏。その足もとの桃巌寺は、織田信行が父・信秀をとむらうために建てたと伝わる曹洞宗の古刹です。大仏、ねむり弁天、大きな木魚まで、境内の見どころを紹介します。
織田家の城跡に鎮まる森 ― 城山八幡宮と末森城址
城山八幡宮の境内は、織田信長の父・信秀が天文16年に築いた末森城の跡。信行との兄弟の争い、名古屋で最もよく残る空堀、縁結びの連理木や昭和塾堂まで、戦国の丘の見どころを紹介します。
松坂屋初代社長の別荘 ― 揚輝荘の北園と聴松閣
揚輝荘は、松坂屋初代社長の伊藤次郎左衛門祐民が覚王山の丘に築いた別荘です。池泉回遊式の北園、英国・中国・インドの意匠が詰まった聴松閣の見どころと、2026年10月からの新料金など公開情報をまとめました。
町なかの小さなお遍路 ― 覚王山八十八ヶ所をめぐる
日泰寺のまわりに点在する小さなお堂は、明治42年に始まった「覚王山八十八ヶ所」の札所です。四国遍路を写した霊場の成り立ちと、門前のにぎわいとの関わり、毎月21日の縁日に訪ねるときのヒントを紹介します。
このサイトについて。歩いて、覚王山の人に会いにいく
「覚王山を歩く。」は、覚王山を自分たちの足で歩き、その場所をやっている人に会って話を聞いて書くWebマガジンです。そう決めた理由と、これから書いていくことをまとめました。
お釈迦さまの遺骨がつないだ縁 ― 日泰寺とタイ王国
インドで見つかったお釈迦さまの遺骨は、タイ国王から日本へ贈られ、名古屋の日泰寺に祀られました。仏舎利が海を渡った経緯、日暹寺から日泰寺への改称、そして「覚王山」という地名の由来をたどります。
どの宗派にも属さないお寺 ― 覚王山日泰寺を歩く
覚王山の名前のもとになった日泰寺は、タイから贈られた仏舎利を祀るために建てられた、どの宗派にも属さないお寺です。山門の尊者像、本堂、五重塔、奉安塔など境内の見どころと、参拝の時間や御朱印の情報をまとめました。
