覚王山のまわりには、明治に生まれたお寺、戦国の城跡、財界人の別荘、毎月の縁日と、歩いて出会える歴史がたくさんあります。このページでは、「歩く」の記事をテーマごとにまとめました。気になるところから読んでみてください。町の全体像は「覚王山とは」でご案内しています。
日泰寺とその周り
- どの宗派にも属さないお寺 ― 覚王山日泰寺を歩く…明治37年(1904年)に建てられた、宗派を超えて守られるお寺。山門の尊者像や五重塔、奉安塔など境内の見どころを紹介します
- お釈迦さまの遺骨がつないだ縁 ― 日泰寺とタイ王国…インドで見つかった仏舎利がタイ国王から日本へ贈られた経緯と、日暹寺から日泰寺への改称をたどります
- 町なかの小さなお遍路 ― 覚王山八十八ヶ所をめぐる…明治42年(1909年)に始まった、四国遍路を写した霊場。お寺のまわりに点在するお堂を訪ねます
- 日泰寺の東に広がる緑の丘、平和公園を歩く…戦後、市内279か寺の墓地を移して生まれた公園。墓所と林、池が広がる丘の歩き方です
寺社
- 城山八幡宮と末森城址…織田信秀が天文16年(1547年)に築いた末森城の跡に鎮まる神社。空堀がいまも残ります
- 旧昭和塾堂…城山八幡宮の境内に立つ、昭和のはじめに愛知県が建てた青年教育の施設。「人」の字をかたどった建物です
- 桃巌寺と名古屋大仏…本山駅の南。織田信行が父・信秀をとむらうために建てたと伝わるお寺に、緑色の大仏が座ります
- 高牟神社…今池にある、『延喜式』にも名が載る古社。「古井の水」と呼ばれる井戸がいまも大切にされています
- 上野天満宮(名古屋天神)…覚王山の北、赤坂町の学問の神社。安倍晴明の一族が菅原道真を祀ったのが始まりと伝わります
邸宅と美術館
- 覚王山はなぜ「お屋敷町」になったのか…月見の丘が門前町になり、電車が通り、財界人の別荘地になるまでの歩みをたどります
- 揚輝荘の北園と聴松閣…松坂屋の初代社長・伊藤次郎左衛門祐民の別荘。池泉回遊式の庭と、各国の意匠が詰まった洋館を歩きます
- 古川美術館…実業家・古川爲三郎のコレクションをもとに、平成3年(1991年)に池下で開館した美術館です
- 爲三郎記念館…古川爲三郎が暮らした昭和9年(1934年)建築の数寄屋の邸宅。庭を眺めてひと休みできます
行事
- 毎月21日の「弘法さん」…弘法大師の月命日に、日泰寺の参道と境内に露店が並ぶ縁日の歩き方です
- 日泰寺の一年…甘茶をいただく灌仏会、夏の地蔵盆会、坐禅とお粥の成道会など、お寺の年中行事を季節順に紹介します
- 覚王山夏祭と覚王山秋祭…商店街が春・夏・秋に開いてきた「覚王山祭」。夕暮れの参道の夏祭と、アートクラフトの並ぶ秋祭です
- 覚王山の秋を歩く…揚輝荘や爲三郎記念館の紅葉と、秋に続く行事をまとめました
町名
- 町名の由来を歩く ― 法王町・山門町・月見坂町…「覚王山」は町名ではなく、お寺の山号。月見の名所や末森城にちなむ町名から、この土地の歴史を読み解きます
実際に歩いてみるなら、半日散歩モデルコースや行き方と歩き方の記事もあわせてどうぞ。
